地域情報

与那国町

市町村概要

【地理的概要】
与那国島は、沖縄本島から南西へ509km、東京から1,900km。周囲27.49km、面積28.95kmの小さな島で、日本最西端の島です。隣接する台湾とは111kmの至近距離にある国境の島でもあります。

【地域概要】
与那国町は、島の北側に祖納集落、西側に久部良集落、南側に比川集落の三集落で構成されており、人口は平成27年11月30日現在1491名(786世帯)となっており、祖納集落は人口933名(479世帯)、久部良集落は人口442名(250世帯)、比川集落は人口116名(57世帯)となっております。

【地域的特性】
祖納集落は、島の中でもっとも人口の多い集落で、町役場や診療所などの主要な機関があり島の中心的な集落となっており、東公民館、西公民館、嶋仲公民館の3つの公民館で構成されています。民謡にも歌われ歴史的にも知られるナンタ浜やティンダハナタ、湧水を源流とする野生生物の宝庫、田原川、そして浦野墓地群など、静かな風情の中に自然の美しさと文化が息づいています。
久部良集落は、日本で1番西にある集落で、漁業を営む漁師が多く、町魚でもあるカジキの漁が盛んです。また遊漁などもおこなっており島外の根強いリピーターを獲得しています。また毎年旧暦5月4日に行われる「ドゥガヌヒ」(海神祭)は集落の中で北組・中組・南組と3組に分かれハーリー船を漕ぎ、競争します。集落がもっとも盛り上がります。
島の南に位置する比川集落は、サンゴ礁が発達した比川浜とカタブル浜沿いにあります。集落としては、最も人口が少なくそれだけに落ち着いた静けさがあります。家々を囲むフクギの並木や咲きほこる花々、ここでは自然とともにゆっくりとして時間を感じられる集落です。

【歴史的特性】
与那国島は1522年に琉球王朝の支配下になるまでは、女酋長のサンアイ・イソバ、また鬼虎といった有力者より独立した統治を行っていました。琉球国が薩摩の配下に入り過酷な人頭税が課せられ、クブラバリやトゥングダといった伝承が残っています。戦後、台湾との密貿易が行われていました。

【文化的特性】
与那国島は、かつて南方文化、中国文化の影響を受けるとともに、西下した琉球王朝の文化をも受け止めて八重山諸島の中でも特異な文化が継承されています。これらは国の重要無形文化財に指定されています。
与那国島の民族芸能には「座」という形態がある。東・西・島仲・比川の4集落に「座」が設けられており、「座」は組踊座・花座・旗座・棒座・狂言座で形成される。各座には師匠(チス)、中師匠(ナガチス)がおり、道具の保管や芸能指導を受け持っており。現在は各集落の自治公民館に「座」の形が残り祭事芸能を支えています。

与那国町Webサイト

お役立ち情報

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