地域情報

渡名喜村

市町村概要

【地理的概要】
渡名喜村は、那覇市の北西海上約58㎞、北緯26度22分・東経127度08分の洋上に位置しています。北に粟国島、南東に慶良間諸島、西に久米島を望み、これらの島々のほぼ中央に位置しています。渡名喜村は、面積が3.84㎢、渡名喜島と入砂島の二島からなっています。渡名喜村は、内面を東に向けたやや三日月型の、周囲12.5㎞という小さな島で、北部は穏やかな丘陵地帯、南部は石灰岩が露出した山岳地帯、南東部は絶壁をなして海に臨んでいて、集落は、南北の丘陵地帯の間に集落をなしています。入砂島は、渡名喜島の西方約4㎞の洋上にあり、低平でやや円形の無人島で、終戦直後から現在まで米軍の射爆撃攘となっています。

【地域概要】
 渡名喜村の人口は、昭和25年に1,551人と一番多い時に達し、その後、年々減少を続け、昭和40年から昭和50年までの10年間での減少が最も多く、42.2%に達しました。しかし近年においては、若者層のUターンも見られるようになり、人口の急激な変動は見られなく、人口はほぼ横ばい状態で推移しています。平成27年4月1日現在の渡名喜村の世帯数は227世帯で、人口については、男220名・女184名、合計で404名となっています。また、男女の人口比率は、男54.5%、女45.5%となっていて、平均年齢については、54.3歳となっています。

【地域的特性】
渡名喜村の産業は、農業と漁業が基幹産業となっており、農業については、モチキビや島人参の特産地として知られています。漁業では、小型船舶による沿岸漁業が主体となっています。漁業も農業と同じように、後継者不足が深刻になっています。

【歴史的特性】
渡名喜村の伝統行事の中で特色のあるものは、97年の伝統を誇る水上運動会です。水上運動会は、大正8年に第1回が開催され、太平洋戦争のときに4回中断した以外は毎年開催されている伝統ある学校行事です。海兵を舞台に、村民も参加しての活気ある児童生徒の活躍が見られます。又、水上運動会と同様に97年以上も続いている朝起会は、毎週3日間行われており、早朝のラジオ体操、その後の家の周りや道の清掃を行うという活動が現在まで行われています。渡名喜村は、平成9年度に県立渡名喜自然公園に指定されており又、平成12年には国の重要伝統物群保存地区に選定されております。渡名喜村の先祖が生活の知恵として生み出し、今日まで継承されたさまざまな伝統や文化は、これからの村の活性化に欠かせない貴重な財産となっています。渡名喜村には空港が無く、島外との交通手段は、船舶による交通が唯一です。4月から、10月までは、毎週金曜日に限り那覇に向けての午後便も運航されています。

【文化的特性】
渡名喜村の祭りには、毎年行われるとなき祭りと海神祭があり、となき祭りは旧暦の6月25日にあわせて行われます。その前日を前夜祭として舞台や花火・屋台等もでます。2日目については、カシキー(綱引き)をメインとした祭りが行われます。又、行事はアブシバレー等の毎年行われる行事があり、特色のある行事としては、1年越しに行われるシマノーシ祭で、この行事が行われる年をシマノーシドゥシと言います。シマノーシ祭は村の中にある4ヶ所のトゥンと呼ばれる拝所で行われ、今は県内外からも取材等も行われるようになっていいます。この祭事は村民、又は子孫の健康、安全、豊漁、豊作、航海安全など祈願する祭事であり、村民の生活の中に深いかかわりを持つものであります。

渡名喜村Webサイト

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