地域情報

北大東村

市町村概要

【地理的概要】
沖縄本島の東方約360㎞に位置し無人島の沖大東島(北大東の南へ約150㎞)の2島からなる北大東村は、沖縄で一番朝日が昇る島で、沖縄の人々にふるくから「うふあがり島」としてその存在は知られていた。約4800万年前に現在のニューギニア付近で火山島として誕生し、依頼大陸と一度も陸続きになったことがなく、フィリピン海プレートにのり、沈降を繰り返し環礁が隆起して形成された。現在も尚、一年間に約5㎝ずつ東へ移動を続けている。

【地域概要】
人口は589名(平成27年11月末現在)で、近年微増状況にある。開拓当初は約2,000名の人々が暮らしていた。

【地域的特性】
島は、東西に長く鈍三角形をなし、周囲13.52㎞、面積12,71k㎡である。南北大東島で一番高いところに両村で唯一の灯台が島のほぼ中心の黄金山に設置してあり、標高74メートルである。周囲は30m~40mの断崖絶壁で砂浜はなく、海岸線は露出した岩石地帯である。内部の地形は周囲が環状の高原地域と内側の盆地とに分けられ、その内外の境は環壁がちょうど幕をめぐらしたようになっており、その外部を幕上(はぐうえ)、内部を幕下(はぐした)と呼んでいて、全体を長幕と称している。長幕には貴重な植物群落で、国指定天然記念物である。農業の島で、サトウキビを基幹作物とし、近年は輪作体型による馬鈴薯も栽培や、カボチャ栽培にも力を入れ複合型農業を営んでいる。四面海に囲まれている島は、沖縄本島のような港がなく人の乗り降りはもちろん、漁師も船ごとクレーンで吊られ上陸する。又、近海でマグロやサワラが釣れる。港からもまれに大物を(磯マグロ、GT等)ゲット出来るかも。

【歴史的特性】
島は、明治33年南大東島の開拓から3年後に開拓に着手。県外大手企業による製糖事業が開始された。その後燐鉱石(北大東のみ)の事業も行い、幾つかの企業が変わるも島は当時最先端の設備が整備され島は活気に満ち人口も増加した。しかし島は一企業の島で住民達は物品商品券(企業発行島内のみ使用可)での生活を強いられた。昭和39年に土地所有問題が解決し、村民は安心して暮らせるようになった。

【文化的特性】
島は、八丈島出身の開拓のよって開かれたしまで、特異な文化を持つ。島の最大の祭り「大東宮祭」では、2日間にわたり、前夜祭では幼、小中学生、一般の部に分かれ神輿を担ぎ島内を練り歩き、各所で休憩をはさみ歓迎の御神酒や軽食(おかし等)が振る舞われる。二日目は、奉納相撲(幼、小中学生、一般の部)が行われ、江戸相撲、沖縄各力の両方が奉納される。終了後は奉納演芸で五穀豊穣、豊作を願い島中の人が参加し懇親を深める。外に観音祭や、金比羅宮祭、秋葉宮祭といった県内ではめずらし行事がある。お盆や法事に関することは、旧暦(沖縄暦)を使用し、正月や、その他行事は大和式で行う。又、大東寿司は八丈島からの伝えで、漬け寿司(江戸前寿司に近い)がある。このように琉球と八丈が入り交じった特異な文化が今も続いている。

北大東村Webサイト

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